2020年度から所得税で大きな税制改正が実施されます。
具体的には誰でも適用可能な「基礎控除額」や、個人事業主の多くが利用する「青色申告特別控除額」にも改正のメスが入ります。
今まで確定申告書を印刷し、紙媒体によって税務署へ提出していた個人事業主は、2020年度分からは電子申告により提出する個人事業主に比べ、控除額に10万円もの差が生ずる可能性があります。
本記事では2020年度分から適用される税制改正のうち、個人事業主に関連する「青色申告特別控除額」や「基礎控除額」の改正内容について解説します。
▼ 目次
1. 青色申告特別控除とは?
2. 2020年度から適用される改正内容
3. 65万円控除を受けるためには
3-1. e-Taxによる申告(電子申告)
3-2. 電子帳簿保存
4. 改正による増税と減税の境界線
5. まとめ
青色申告特別控除とは、「青色申告」を行う個人事業主のみに認められる特典のひとつであり、これによって事業所得や不動産所得から一定金額を控除できます。したがって個人事業主ではない会社員がそのメリットを享受することはできません。
個人事業主が青色申告を行うにあたり、作成する帳簿の水準などによって、2019年度までの青色申告特別控除額は二段階に分かれていました。
具体的には、単式簿記(収入や支出のみを管理する記帳方法)の場合には10万円、複式簿記(収入や支出に加えて現預金などの資産や負債についても管理する記帳方法)の場合には65万円というように、2種類の控除額が用意されています。
単式簿記・・・10万円
複式簿記・・・65万円
2020年度から適用が開始する税制改正において、個人事業主に直接影響を与えるものとして、「基礎控除額」と「青色申告特別控除額」の改正の2つが挙げられます。
基礎控除とは、個人事業主やサラリーマンに関わらず、所得税を計算する上で誰もが適用できる控除であり、2019年までは所得の大小に関係なく一律38万円の控除額が設定されていました。
しかし税制改正により、一律であった基礎控除額について、2020年度からは下表のような所得制限が設けられます。
所得金額 | 改正前 | 改正後 |
---|---|---|
2,400万円以下 | 38万円(一律) | 48万円 |
2,400万円超2,450万円以下 | 38万円(一律) | 32万円 |
2,450万円超2,500万円以下 | 38万円(一律) | 16万円 |
2,500万円超 | 38万円(一律) | 0万円 |
改正前 | |
---|---|
2,400万円以下 | 38万円(一律) |
2,400万円超2,450万円以下 | 38万円(一律) |
2,450万円超2,500万円以下 | 38万円(一律) |
2,500万円超 | 38万円(一律) |
改正後 | |
2,400万円以下 | 48万円 |
2,400万円超2,450万円以下 | 32万円 |
2,450万円超2,500万円以下 | 16万円 |
2,500万円超 | 0万円 |
所得金額が2,400万円以下であれば、基礎控除額は「38万円⇒48万円」に増額するため、基礎控除額の改正だけ見れば減税効果が期待できることでしょう。
一方で所得金額が2,400万円を超える高所得者については、基礎控除額が従来の38万円よりも減少するため、所得税は増加することとなります。
上述したとおり、2019年度までは10万円と65万円の二段階であった青色申告特別控除額ですが、今回の改正によって新たに55万円の枠が新設され、三段階の控除額となります。
この55万円の控除額については、従来の10万円と65万円の中間点として設けられるのではなく、基本的には65万円であった控除額が55万円に減額されることとなります。
そして複式簿記により55万円の控除額に該当する個人事業主のうち、新設された要件を満たす方のみが引き続き65万円の控除を受けることができるのです。
なお青色申告特別控除額については、税制改正後も基礎控除額のような所得制限は設けられていませんので、要件さえ満たせば所得の大小にかかわらず控除を受けられます。
税制改正後も65万円の青色申告特別控除を受けるためには、従来の複式簿記などの要件に加え、「e-Taxによる申告(電子申告)」あるいは「電子帳簿保存」いずれかの手続きが必要となります。
したがって青色申告特別控除額の改正内容をまとめると以下のようになります。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
単式簿記 | 10万円 | 10万円 |
複式簿記(書面での申告) | 65万円 | 55万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
65万円 | 65万円 |
改正前 | |
---|---|
単式簿記 | 10万円 |
複式簿記(書面での申告) | 65万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
65万円 |
改正後 | |
単式簿記 | 10万円 |
複式簿記(書面での申告) | 55万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
65万円 |
e-Taxとは申告などの国税に関する申告手続きなどについて、インターネットを利用して電子上で提出を行うシステムであり、端的に言えば確定申告書を書面で提出するのではなく、オンラインで提出できるサービスです。
このe-Taxによって電子申告を行うためには、以下のような手順を踏む必要があります。
まず大前提として、e-Taxはすべてのパソコン環境で利用できるものではありません。
e-Taxサイト内の「e-Taxソフトのダウンロードコーナー」では推奨される環境が掲載されていますので、適切な環境かどうか事前に確認するようにしましょう。
e-Taxにより電子申告を行うためには、「マイナンバーカード方式」または「ID・パスワード方式」のいずれかによって利用申込みを行う必要があります。
「マイナンバーカード方式」とは、e-Taxで提出された確定申告書について、本人確認としてマイナンバーカードを用いる方法であり、そのためにはマイナンバーカードはもちろん、それを読み込むためのICカードリーダライタや読み取り可能なスマートフォンが必要となります。
これらをご用意頂いている場合には、直ちにe-Taxを利用することが可能ですが、新たにマイナンバーカードを取得する場合には最短でも1ヵ月程度かかるため、スケジュールにはくれぐれもご注意ください。
それに対して「ID・パスワード方式」では、マイナンバーカードや専用のICカードリーダライタは不要ですが、e-Taxの開始届出書を提出の上、管轄の税務署へ出向き、対面で本人確認を受けた後に無料発行されるIDとパスワードを用いて電子申告を行います。
こちらの方法に関してもさほど時間はかかりませんが、税務署へ出向く必要があるため、所要時間としては「マイナンバーカード方式」よりも増えてしまう可能性があります。
e-Taxの利用申込みが完了したら、実際に確定申告書を作成していきますが、電子申告によって提出するため、確定申告データの作成も電子上で行う必要があります。
freeeやマネーフォワードをはじめとする市販の申告書作成ソフトを用いて作成したり、国税庁の「確定申告書等作成コーナー」にて作成したデータをe-Taxにより送信する流れが一般的です。
なおe-Taxによる電子申告については、確定申告書だけでなく、貸借対照表や損益計算書についても電子で提出する必要があるため、税務署や確定申告書作成会場のパソコンでは電子申告不可となります。
必ずご自身のパソコンやスマートフォンから申告手続きを行いましょう。
青色申告を行う個人事業主の場合には、帳簿を書面で7年間保存しなければなりませんが、一定の要件を満たした場合にデータ保存を認めるのが「電子帳簿保存」です。
税制改正後も65万円控除を受けるためのもう一つの方法が、仕訳帳や総勘定元帳を電子帳簿保存するというものです。ただし「電子帳簿保存」にはいくつかの注意点があります。
令和3年度の税制改正により電⼦帳簿保存法が改正され、令和4年1⽉1⽇以後に電⼦帳簿保存を⾏う場合は、事前の税務署⻑の承認は不要となりました。
この制度の下、65万円の控除を受けるためには、その年中の事業に係る仕訳帳及び総勘定元帳について優良な電⼦帳簿の要件を満たして電磁的記録による備付け及び保存を⾏い、法定申告期限までに⼀定の事項を記載した届出書を提出することが必要となります。
電子データでの保存が可能といっても、検索機能や訂正・削除履歴を確認できるなど、「電子帳簿保存」を行うためにはいくつもの特殊な要件を満たす必要があるため、PDFや写真データによる電子保存は認められません。
したがって要件を満たすシステムを導入しなければ「電子帳簿保存」はできないため、まずはそれらの機能を備えた会計ソフト等を揃えることが必要となります。
これらの注意点からもわかるように、「電子帳簿保存」は65万円控除のためだけに導入するには複雑な制度であり、手間とコストも掛かってしまうため、一般的にはe-Taxによる電子申告を選択する方が無難だと考えられます。
これまでお伝えした基礎控除額及び青色申告特別控除額の変更点を踏まえ、税制改正によって増税・減税となる場合の境界線についてまとめてみます。
まずは所得金額が2,400万円以下の場合ですが、数千万円の所得を稼ぐ事業者であれば法人成りをすることが一般的であるため、個人事業主のほとんどはこちらのケースに該当するでしょう。
下表のとおり、書面で申告を行い、従来は青色申告特別控除額65万円の適用を受けていた事業者のみ据置きとなりますが、それ以外の青色申告者は減税となります。
基礎控除額の 増減額 |
青色申告特別控除額の 増減額 |
合計 | 判定 | |
---|---|---|---|---|
単式簿記 | +10万円 | 増減なし | +10万円 | 減税 |
複式簿記(書面での申告) | +10万円 | ▲10万円 | ゼロ | 据置 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
+10万円 | 増減なし | +10万円 | 減税 |
基礎控除額の増減額 | |
---|---|
単式簿記 | +10万円 |
複式簿記(書面での申告) | +10万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
+10万円 |
青色申告特別控除額の増減額 | |
単式簿記 | 増減なし |
複式簿記(書面での申告) | ▲10万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
増減なし |
合計 | |
単式簿記 | +10万円 |
複式簿記(書面での申告) | ゼロ |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
+10万円 |
判定 | |
単式簿記 | 減税 |
複式簿記(書面での申告) | 据置 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
減税 |
2020年度より、所得が2,400万円以下であれば、基礎控除額が一律に「38万円⇒48万円」へ増額することになります。
また青色申告特別控除額については、まず単式簿記による10万円控除の対象者については変更がありませんので、基礎控除額の増額による減税効果が発生します。
一方で複式簿記のうち、書面での申告を行う場合には、2020年度からは従来の65万円から55万円に減少することとなり、基礎控除額の増額分の10万円が打ち消されるため、増税にも減税にもならないという結論になります。
最後に複式簿記でe-Taxによる電子申告や電子帳簿保存を行う個人事業主については、従来と同様、65万円の青色申告特別控除額が受けられるため、基礎控除額の増額による減税効果が受けられます。
該当する個人事業主は少ないでしょうが、所得が2,400万円を超える場合についても整理してみましょう。
下表のとおり、所得金額が2,400万円を超えてしまうと基礎控除額が減額され、記帳や申告方法に関わらず、軒並み増税となってしまいます。
基礎控除額の 増減額 |
青色申告特別控除額の 増減額 |
判定 | |
---|---|---|---|
単式簿記 | ▲6万円~▲38万円 | 増減なし | 増税 |
複式簿記(書面での申告) | ▲6万円~▲38万円 | ▲10万円 | 増税 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
▲6万円~▲38万円 | 増減なし | 増税 |
基礎控除額の増減額 | |
---|---|
単式簿記 | ▲6万円~▲38万円 |
複式簿記(書面での申告) | ▲6万円~▲38万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
▲6万円~▲38万円 |
青色申告特別控除額の増減額 | |
単式簿記 | 増減なし |
複式簿記(書面での申告) | ▲10万円 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
増減なし |
判定 | |
単式簿記 | 増税 |
複式簿記(書面での申告) | 増税 |
複式簿記 (e-Taxによる電子申告または電子帳簿保存) |
増税 |
ここまでの内容でも明らかなように、青色申告特別控除額については、改正前の控除額から増加することはありません。
2020年度からは、所得が2,400万円を超えると基礎控除額が0円~32万円となってしまうため、従来の38万円よりも控除額が減少することとなります。
つまり税制改正によって基礎控除額が減少する所得2,400万円超の方については、一律増税となることがわかります。
特に複式簿記による書面での申告を行っている方は、基礎控除額、青色申告特別控除額ともに控除額が減少することとなり、増税効果が最も大きくなってしまうためご注意ください。
今回は2020年度より適用が開始する、基礎控除額及び青色申告特別控除額の改正について解説しました。
お伝えしたとおり、所得が2,400万円以下の個人事業主については、増税にはならず、据置きあるいは減税となります。据置きとなる方は、e-Taxによる電子申告を行うことで減税効果を享受できますので、この機会にぜひ挑戦してみてはいかがでしょうか?
また基礎控除額の所得制限については、高所得者だけでなく、より低い所得層にも影響を及ぼす税制改正が行われる可能性もありますので、今後の税制改正についても引き続きチェックするようにしましょう。
服部大
2020年2月、30歳のときに愛知県名古屋市内にて税理士事務所を開業。
平均年齢が60歳を超える税理士業界内で数少ない若手税理士として、同年代の経営者やフリーランス、副業に取り組む方々にとっての良き相談相手となれるよう日々奮闘している。
顧問業務だけでなくスポットでの税務相談や執筆活動も行っており、「わかりにくい税金の世界」をわかりやすく伝えることができる専門家を志している。
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