2023年10月1日から「インボイス制度」が始まります。
インボイス制度とは、消費税免税事業者の最大のメリットである「益税」を見直すための制度です。
制度開始に向け、課税事業者は適格請求書発行の準備を行い、取引先の精査が必要となります。一方、免税事業者として活動する個人事業主やフリーランスも数多く存在しますが、制度開始後は取引自体が敬遠される可能性もあるため、課税事業者を選択することも検討しなければなりません。
このようにインボイス制度は、消費税の課税・免税や法人・個人を問わず、大半の事業者に対して大きな影響を及ぼすことが想定されています。
今回はインボイス制度について、税理士として中小企業やスモールビジネスのサポートを専門とする筆者が、個人事業主やフリーランスが知っておくべき内容を中心に解説します。
▼ 目次
1. インボイス制度とは?
1-1. 請求書フォーマットの変更が必要
1-2. 免税事業者は適格請求書を発行できない
2. 消費税の計算はこう変わる!
2-1. 現行の計算方法
2-2. インボイス制度開始後の計算方法
3. 個人事業主やフリーランスへの影響は?
3-1. 課税事業者への影響
3-2. 免税事業者への影響
4. インボイス制度導入に向けて準備すべきことは?
4-1. 課税事業者の場合
4-2. 免税事業者の場合
4-3. 法人成りはインボイス制度前に行うべき?
5. まとめ
インボイス制度の正式名称は「適格請求書等保存方式」といい、売り手が買い手に対して正確な消費税額を伝えるため、適格請求書(インボイス)の発行を義務付ける制度です。
現状の消費税率では、原則税率である10%のほかに軽減税率8%が存在するなど、複数の税率が混在します。さらに請求書のフォーマットも事業者によって異なるため、記載方法によっては消費税額の正確な把握が困難な状態となっています。
このような状況を改善することを目的とし、インボイス制度が導入されるのです。
適格請求書では、従来の請求書に記載していた内容を含め、以下の項目をすべて記載しなければなりません。
(ア) 取引年月日
(イ) 取引の内容
(ウ) 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
(エ) 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
(オ) 消費税率ごとに区分した合計金額(税抜または税込価額)及び適用税率
(カ) 税率ごとに区分した消費税額等
上記のうち、適格請求書によって追加されるのは(エ)~(カ)の3つです。
まず売り手側が適格請求書を発行するためには、事前に国税庁にて「適格請求書発行事業者」として登録し、登録番号を取得する必要があります。
また請求金額に関しては、以下の記載例のように、消費税率ごとに合計金額や消費税額を分けて記載しなければなりません。
記載例
A) 10%対象:税抜合計金額 20,000円、消費税額 2,000円
B) 軽減税率8%対象:税抜合計金額 10,000円、消費税額 800円
このように適用される消費税率や消費税額を適格請求書に明記してください。
先述したとおり、適格請求書を発行するためには「適格請求書発行事業者」として登録する必要がありますが、これは消費税の課税事業者でなければ登録できません。
つまり免税事業者は適格請求書を発行できないことで取引先から敬遠されてしまい、取引自体が停止してしまうリスクがあります。
このような結論に至る理由については、以下の「消費税の計算はこう変わる!」にて解説します。
インボイス制度によって消費税の計算方法にも改正が加わり、課税事業者だけでなく、免税事業者にも影響が及ぶこととなります。
なお消費税法では、原則として前々期(個人事業主の場合には前々年)の課税売上高が1,000万円を超える場合に課税事業者となり、消費税の納税義務が発生します。
一方、前々期の売上高が1,000万円以下の場合には免税事業者となり、消費税の納税義務はありません。
これまでの消費税法では、以下の具体例のように消費税を計算します。
課税事業者 | 免税事業者 | |
---|---|---|
1. 預かった消費税 | 80万円 | 80万円 |
2. 支払った消費税 | 50万円 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | 30万円 | 30万円 |
4. 納税額 | 30万円 | ゼロ |
5. 益税(3-4) | ゼロ | 30万円 |
課税事業者 | |
---|---|
1. 預かった消費税 | 80万円 |
2. 支払った消費税 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | 30万円 |
4. 納税額 | 30万円 |
5. 益税(3-4) | ゼロ |
免税事業者 | |
1. 預かった消費税 | 80万円 |
2. 支払った消費税 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | 30万円 |
4. 納税額 | ゼロ |
5. 益税(3-4) | 30万円 |
上表のように、「預かった消費税:80万円」から「支払った消費税:30万円」を差し引いた残額を納税するため、損得は生じないこととなります。
現行の消費税法では、仕入先が課税事業者、免税事業者のどちらの場合でも、「支払った消費税額」として控除できます。
なお「預かった消費税」から「支払った消費税」を控除することを「仕入税額控除」といいます。
免税事業者であっても、売上請求書を発行する場合には、消費税を上乗せして請求が可能です。
現状の消費税法では、免税事業者には納税義務がないことから、差額の30万円は事業者の手元に残ることとなります。
このように消費税を納税せずに免税事業者の利益となることを「益税」といいます。
インボイス制度導入後の消費税計算においては、仕入税額控除の要件として、「適格請求書等の保存」が新設されることとなりました。
つまり仕入や外注など、支払先が課税事業者であり、適格請求書の発行を受けた場合のみ、支払った消費税の控除が可能となります。
インボイス制度開始後は、免税事業者に対して支払う消費税については段階的に控除額が減額され、2029年10月からは控除不可となりますのでご注意ください。
課税事業者 | 免税事業者 | |
---|---|---|
1. 預かった消費税 | 80万円 | ゼロ |
2. 支払った消費税 | 50万円 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | 30万円 | ▲50万円 |
4. 納税額 | 30万円 | ゼロ |
5. 益税(3-4) | ゼロ | ▲50万円 |
課税事業者 | |
---|---|
1. 預かった消費税 | 80万円 |
2. 支払った消費税 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | 30万円 |
4. 納税額 | 30万円 |
5. 益税(3-4) | ゼロ |
免税事業者 | |
1. 預かった消費税 | ゼロ |
2. 支払った消費税 | 50万円 |
3. 差引(1-2) | ▲50万円 |
4. 納税額 | ゼロ |
5. 益税(3-4) | ▲50万円 |
先述した具体例において、仕入先がすべて課税事業者であれば、計算過程に変更はありません。
しかし免税事業者への支払いが含まれる場合には、仕入税額控除の制限を受けることとなり、その分の納税額が増加することとなります。
したがって仕入税額控除の対象外となる消費税の支払を回避するため、免税事業者との取引を敬遠する課税事業者も増加するでしょう。
インボイス制度の導入後においても、免税事業者が消費税を上乗せして請求すること自体は、法律上禁止されていません。しかし課税事業者からすれば、免税事業者に対する消費税の支払いは仕入税額控除の対象外となるため、免税事業者が消費税を請求することは事実上困難であると予測されます。
したがって消費税の請求はできず、上記のように、消費税として預かる金額はゼロになるでしょう。
つまりインボイス制度開始後は取引先へ消費税を請求できず、支払った消費税がそのまま流出することとなるため、資金繰りが悪化する可能性があります。
これらの理由から、制度開始に向け、自ら課税事業者を選択する免税事業者が急増すると予測されます。
このように免税事業者の最大のメリットである「益税」を防止することが、インボイス制度の真の目的であると考えられます。
課税事業者や免税事業者、法人や個人事業主を問わず、インボイス制度は大半の国内事業者へ適用されるため、個人事業主やフリーランスも例外ではありません。
インボイス制度によって自分自身に及ぶ影響を考慮した上で、必要な対策を実施してください。
インボイス制度開始後は、正しい消費税計算を行うために、「課税事業者からの適格請求書」と「免税事業者からの請求書」を分けて管理し、会計上の仕訳入力も混在しないように注意が必要です。
そのため仕入や外注先に課税事業者と免税事業者が混在するような場合は、事務負担の増加に繋がりかねません。
免税事業者にとって、インボイス制度による最大のリスクは「取引先との取引停止」です。
課税事業者からすると、免税事業者へ支払う消費税は仕入税額控除の対象外です。
たとえば税込110円の商品を仕入れる場合は、仕入先が課税事業者であれば10円を控除できるのに対し、免税事業者の場合には控除不可となってしまい、必然的に課税事業者から仕入れる方が良いという結論になります。
したがってインボイス制度開始後も免税事業者が課税事業者との取引を維持するためには、従来どおりの110円ではなく、100円以下で売却するなどの対策が必要となるでしょう。
それに加えて会計上の負担も増加するため、このような対策を講じたとしても、免税事業者との取引中止を決断する可能性も十分考えられます。
2023年10月のインボイス制度開始に向け、課税事業者、免税事業者の双方が、計画的に準備を進めることが求められます。
インボイス制度の開始前に、課税事業者は以下の項目について準備しましょう。
・適格請求書発行事業者の登録申請
・請求システムの導入や改修
・取引先との登録状況の確認
まずは自らが適格請求書を発行する環境を整えるために、税務署に対して適格請求書発行事業者の登録申請を行い、登録番号を取得する必要があります。
登録申請については2021年10月1日より受付を開始しており、インボイス制度が開始する2023年10月1日から適格請求書を発行する場合、2023年3月31日までに申請書を提出しなければなりません。
また、適格請求書の記載内容を満たす請求システムの導入も必要です。
なお、インボイス制度開始に向け、電子インボイスの導入も期待されています。
電子インボイスとは、現在のようなPDFやエクセルではなく、国内で標準化された電子データとして請求書を送受信することで、取引先名や取引額、消費税率などの情報を自動で読み取り、会計や販売管理システムとの自動連携を可能とする機能を指します。
このような電子インボイスによって事務負担軽減が期待されており、今後のインボイス制度開始に向けて開発が進んでいくでしょう。
また、取引先との間で、課税事業者かどうかの確認作業が必要となります。
適格請求書発行事業者の場合は国税庁ホームページに公表されますが、未登録の取引先があれば状況確認を行うなど、自ずとコミュニケーションを取る機会も増えることでしょう。
なお、免税事業者である取引先に対し、課税事業者となることの強制や、免税事業者を認める代わりに値下げを要求した場合には、独占禁止法や下請法の違反行為とみなされる可能性があるためご注意ください。
免税事業者の場合には、以下の準備を行いましょう。
・取引先の意向確認
・課税事業者選択の検討
先述したとおり、従来の免税事業者のメリットであった「益税」が防止されるため、課税事業者を選択すべきかどうか検討しなければなりません。
まずは取引先との取引継続を最優先とし、インボイス制度開始後も免税事業者としての事業継続を希望する場合には、取引先の意向もしっかりと確認したうえで判断しましょう。
課税事業者の選択を検討する場合には、免税事業者を継続するデメリットだけでなく、課税事業者を選択した場合のデメリットも忘れずに確認してください。
具体的には、課税事業者を選択することで新たに消費税申告が必要となるため、会計処理などの事務負担が増えるだけでなく、税理士へ依頼する場合には税理士報酬も発生することとなります。
また、制度開始後は請求書の種類や適格請求書発行事業者の登録状況を見れば、取引相手が免税事業者であることは簡単にわかってしまいます。
原則として前々期の課税売上高が1,000万円を超えていれば課税事業者となるため、免税事業者を継続することで、自らの売上規模を取引先に知られてしまうというデメリットも考えられるでしょう。
したがって免税事業者または課税事業者の双方のデメリットなどを総合的に勘案し、最終的な意思決定を行うようにしてください。
なお、課税事業者を選択する場合には消費税の簡易課税制度を適用することにより節税へ繋がる場合もあるため、必要に応じて税理士などの専門家へご相談ください。
先述したとおり、課税事業者を選択した後の準備も必要であるため、制度開始に向けてスケジュールに余裕を持って検討を行いましょう。
「インボイス制度がスタートする前に法人成りをすべき」という情報も増えつつあります。
現状の消費税法では、法人設立後、原則として最大2年間は免税事業者に該当するため、タイミング良く法人成りをすることで「益税」によるメリットを受けることができます。
しかし、先述したとおりインボイス制度開始後は免税事業者の「益税」のメリットが消滅するため、制度開始前に法人成りを行い、今のうちに「益税」を享受することが可能です。
ただし、法人成りを行った場合には所得税から法人税に移行するだけでなく、社会保険への加入や決算申告手続きが必要となるなど、様々な変化が生じます。
したがって消費税の「益税」のみで判断するのではなく、総合的な観点から十分に検討し、意思決定を行いましょう。
今回はインボイス制度について解説しました。
制度の開始によって、課税事業者が発行する適格請求書が仕入税額控除の要件となるため、免税事業者へ支払う消費税は仕入税額控除の対象外となります。
このことによって免税事業者は消費税の請求が困難となり、これまで認められていた「益税」が事実上消滅し、課税事業者を選択すべきかどうかの決断を迫られるでしょう。
個人事業主やフリーランスにとっても非常に大きな変更となるため、2023年10月の制度開始に向けて、制度の内容を理解し、計画的に準備を進めてください。
服部大
2020年2月、30歳のときに愛知県名古屋市内にて税理士事務所を開業。
平均年齢が60歳を超える税理士業界内で数少ない若手税理士として、同年代の経営者やフリーランス、副業に取り組む方々にとっての良き相談相手となれるよう日々奮闘している。
顧問業務だけでなくスポットでの税務相談や執筆活動も行っており、「わかりにくい税金の世界」をわかりやすく伝えることができる専門家を志している。
> 服部大税理士事務所